
「やりたい仕事が見つからない」「好きなことを仕事にしたいけど、好きなことがわからない」。そんな悩める就活生に向けて、自分の「好き」を見つける”スキサガシ”を応援するインタビュー企画!今回登場するのは、モデル・商品プロデューサーの益若つばささんです。かつてギャルモデルのカリスマとして大ブレイクし、現在はコスメやアパレルなど、さまざまな商品をプロデュースする事業家へと転身した益若さん。自身が表舞台に立ちながらも、裏方として次々と商品をヒットさせ、20年以上にわたり第一線で活躍し続けています。しかし、そのキャリアの原点をたどると、「もともとギャルではなかった」「自分から何かをやりたいと言ったことがない」など、意外な事実が。では、益若さんはどのように自分の「好き」を見つけ、仕事へとつなげていったのでしょうか?
益若つばさの履歴書

コスパ度外視で頑張っていた時間が、今の糧になっている

——益若さんのキャリアは、高校生の頃、ファッション誌にスナップ写真が掲載されたことから始まりました。当時からモデルに興味はあったのでしょうか?
益若:モデルなんて雲の上の存在だと思っていたので、自分がなるなんて想像したこともなかったです。スナップ写真が雑誌に一度載っただけで十分満足で、「いい思い出ができた」と無邪気に喜んでいました。
私、読者モデルになってから表紙を飾るまでに、実は3年ぐらいかかっているんです。当時は校則が厳しくて髪も染められなかったし、父からは「肌を焼くな」と言われていて。そもそも身長が150センチしかなかったので、モデルなんてなれるわけないし、「そんなことより早く仕事を見つけなさい」「読者モデルなんてやめなさい」と親からは言われていたんですね。
それが徐々に、モデルだけでなく、企画にも関わらせてもらえるようになり、記事のアイデア出しもするようになりました。お金がなかったので、地元の日焼けサロンでバイトをして、キャリーケースに1週間コーデ用の私服を詰めて編集部に行き、撮影して、企画を考えて……。いつかはやめるんだろうなと思いつつも、編集部に呼ばれることがうれしくて、楽しかったんです。
——雑誌に載ることだけでなく、「必要とされること」がうれしかったのでしょうか?
益若:今も昔も、誰かの役に立ちたい気持ちが強いんです。小さい頃は、どうしたら親が喜ぶかを考えて、親の留守中に洗車したり冷蔵庫を掃除したりしていました。まあ、掃除したよとは自分から言わないから、だいたい気づいてもらえないんですけど(笑)。でも父からは、「誰も見ていなくても、みんながいちばん嫌がる仕事を率先してやりなさい」「誰かが困っていたら助けてあげなさい」とよく言われていて。そういう教育があったから、編集部の方々に呼ばれたら足を運んで、企画を出したり、電話取材も手伝ったりしていました。

——電話取材まで手伝われていたんですか?
益若:当時は、モデルの誰よりも取材に答えていたと思います。もちろん電話取材のギャラなんて出ないし、何のためになるのかもわからなかったけれど、とにかく目の前の自分にできることを頑張っていました。その経験が今の私の糧になっています。
わからないなりにいろんなことを手伝って、誰よりもまじめにアンケートに答えていたから、周りの人たちには重宝されたし信頼されました。そして20年経った今、当時関わっていた方々から、お仕事をいただくことがあるんです。あの頃、若手だった方々が出世して「また一緒に仕事がしたい」と言ってくれて。もし当時、若手の方々に横柄な態度を取ったり、コスパ重視で動いていたりしたら、今の私はなかったと思います。
令和の今なら、当時の私は「搾取されていた」と言われるかもしれません。でも私は、やってよかったと心から思っています。搾取は、する側にならなければいい。私はとにかく、一緒に組んだ人に得をしてほしいんです。自分だけ得をするのが、どうしても苦手で。そのマインドのおかげで、今でも表に出させてもらい、いいお仕事をいただけているのだと思います。実は私、自分から「こんな仕事がやりたい」と言ったことがほぼないんです。
——それはお願いされたことすべてに高いクオリティで応え続けているからですよね。そもそもギャルではなかったのに、ギャルモデルのカリスマになったことも、その姿勢を象徴していると思います。
益若:肌も白かったし、ギャル服ではなく下北沢で買った古着を着ているような子でした。そこからギャルに憧れて、メイクやコーデを必死に勉強して、父に内緒で日サロにも行って。日サロはすぐにバレて「もう娘じゃない!」とまで怒られましたけど(笑)。家族は誰も応援していなかったですね。雑誌に出ていることは家では言わないようにしていました。『情熱大陸』の取材が来たときも「なんでつばちゃんが!?」って感じでしたし。
子ども時代の遊びがプロデュース力の原点に

——『情熱大陸』に出演されたのは、モデルとしての絶頂期でした。その最中にご結婚され、あっさりモデルを引退しています。あれほど売れている中でやめるのは、簡単ではなかったのではないでしょうか?
益若:いえ、私は当然やめるものだと思っていました。当時は、結婚して子どもを産んだモデルを世間は必要としていないと感じていたし、実際、ママタレントやママモデルもほとんどいなかった時代。みんなママになると、なんとなくフェードアウトしていく空気がありました。
それに正直、必要とされなくなる前に自分から去りたい気持ちもあったんです。当時はイベントをすればガラスが割れるぐらい人が殺到していました。でも「こんなの今だけで、いつか忘れられる」と、結構冷めた目で見ていました。そもそもギャルではない自分がギャルのトップのように扱われることにも違和感があって。「これで本当に合ってるのかな?」と、不思議な感覚でした。だから雑誌を卒業することは自然な流れだと思っていたし、「これからスーパーのパートをしようかな」と考えていました。今ほど“働く女性”という価値観もなかった気がします。
——そうした中で、今度はコスメ商品のプロデュースを始められますが、これも誰かからの依頼がきっかけだったのでしょうか?
益若:そうです。「家にいてもできる仕事があるよ」と言われて。当時は、モデルや芸能人が商品をプロデュースする例はほとんどなかったので、今思うと提案してくれた人には先見の明がありましたよね。撮影のたびに私が「こんなつけまつ毛があったらいいのに」「これとこれを組み合わせたら、もっとかわいいのに」と話しているのを見て「つばさに任せてみたら、いい商品ができるかも」と思ってくれていたみたいなんです。

自分ではプロデュース能力があるなんて思ったことはありませんでした。でも今振り返ると、小学生の頃から、1週間のコーディネートをノートに書いたりしていたんですよね。月曜にこの服を着たら、被らないように次は木曜に、それに合わせる靴下はこれで、髪型のアレンジはこうで……みたいな。遊びの中で、なんとなくセルフプロデュースのようなことをしていました。 中学生の頃は親にビデオカメラを買ってもらって、自分でオリジナル番組を作っていました。めざましテレビのパロディで『めざわりテレビ』っていう、めざわりなことしか放送しない番組とか。自分で台本を書いて、友達に出演してもらって、間に入れる15秒のCMまで作ったりして。
——当時YouTubeがあれば、中学生YouTuberになってたかもしれないですね。
益若:たしかに(笑)。こうした自分や誰かをプロデュースするような遊びを通して、いつの間にかプロデュース力が養われたのかもしれません。その力を見つけてくれた人たちが、私にお仕事をくれるんです。コスメもアパレルも全部、自分発信ではなく、誰かに声をかけてもらって始めたもの。最近ローンチした『MEND』というユニセックスのルームウェア・ワンマイルウェアやスキンケアを扱うブランドもそうです。嫌でやっているものは1つもなくて、人の意見を取り入れるのも、ディスカッションして妥協点を探るのも好きなんです。
どんな仕事も、大事なのは人間性

益若:もし好きなことが見つかっていないのなら、自己プロデュース力がまだ育っていないだけかもしれません。そんなときは、自分で決めようとせず、いったん誰かに判断を委ねてみるのも1つの方法です。やりたいことと向いていることって、意外と違うもの。だから、信頼できる何人かに「私って、どんなことが向いていると思う?」と相談してみてほしい。相談相手が1人だと、その人の価値観に引っ張られてしまうから、3人くらいに聞いてみるのがいいと思います。それで3人とも同じことを言ったら、きっとそれが自分の好きなことや、向いていることを見つけるための大きなヒントになります。
そうして「これかもしれない」という分野が見えてきたら、次にやるべきは、その世界で活躍している人を徹底的に観察すること。その人のすごいところを箇条書きして、まずは全部真似してみる。次に、その人にはなくて自分にあるものを書き出す。それが自分の強みだから、その部分を重点的に磨く。そうすれば、その分野で自分ならではの立ち位置や役割が見えてくるはずです。
——読者モデルとしてブレイクしたときも、同じことをされていたんですか?
益若:そうですね。まず、なぜこの人が人気なのかを考える。「コーディネートが上手」「インタビューの言葉が素敵」「ポージングがきれい」とか、理由を1つ1つ見つけて、それらを全部真似してみる。できるようになるまでやる。それだけです。じつは、すごくシンプルなんですよね。もし他人や自分のいいところを書き出せないなら、それは人をちゃんと見ていないということ。特に就職では、「人を見る力」はすごく大事。だから私は、人を好きになったほうがいいと思っています。よほど突出した才能がある人でない限り、人が嫌いなままでは、仕事を続けていくのはなかなか難しいんじゃないかな。
どんな仕事も、結局は人間性です。モデルだって、かわいいだけじゃだめなんです。また会いたいと思われる人にならないと。もちろん、ただ目立とうとする「爪痕を残す」とは違い、相手の邪魔はしないこと。チームの中でちゃんと役割を果たすことのほうが大事。仕事を発注するのも、評価するのも、全部人ですから。
正直、そこまで賢くなくてもいいと思っています。あいさつができて、「ごめんなさい」と「ありがとう」が言える人なら、また教えたいと上司も思うから。小賢しい嘘や言い訳は、短い面接の時間でも意外とバレてしまうもの。人間って隠せないですよ。どうしても生活や考え方がにじみ出てしまうんですよね。 だから、日常のすべてが練習だと思って、人と接してみてほしい。誰かの落とし物を拾えるかどうか、コンビニで店員さんにお礼が言えるかどうか。そういう小さな積み重ねが、就活でも、仕事でも、自分を助けてくれると思います。

——今の話はかなり本質的な面接対策ですね。面接で緊張してしまう人もいますが、効果的な対策はありますか?
益若:緊張は全然問題ないです。私も審査員をしたり面接したりすることがありますが、こっち側からしたら、緊張なんてどうでもいいんです。むしろかわいいですよ。それよりも、過剰なプレゼンやハッタリのほうがよくないですね。今の自分にできることを正確に伝えて、苦手なことも素直に言えることが大事です。
あと、採用においては、個々の能力だけでなく、チームプレーできるかどうかも見られています。もし前に出るのが苦手なら、サポートする能力を養って、誰かを支えて輝かせる方向に行くのも良さそうです。
会社って、そんなに我の強い人は求めていないんじゃないかな。むしろ柔軟で学ぶ姿勢がある人のほうを育てたいと思います。あとはその会社との相性ですね。
——では最後に、頑張っている就活生に対してエールをお願いします!
益若:迷ったり困ったりしたときは、幼少期から自分を振り返ってみてください。どんなことで褒められていたか、何が得意だったか。小さい頃の得意なことって、意外と大人になっても残っています。「人に教えるのが好きだったな」とか「自分の意見を言うのは得意じゃないけど、言われたことをまじめにやるのは得意だったな」とか。そういうものを選ぶと、ストレスが少ないはず。まだ「これがやりたい」とはっきり言えない人も多いと思いますが、最初から好きなことを見つけようとしなくて大丈夫。まずはあまりストレスを感じずに続けられることを基準に選ぶのも立派な選択だと思います。

10代の頃からモデルとしてブレイクしたあとも、第一線で活躍を続ける益若さん。その背景にあるのは、自分や周囲を冷静に見つめる観察力と、見返りやコスパにとらわれず行動し続ける姿勢でした。自分の「好き」を見つけることも、やりたいことを実現させることも、周囲の信頼を得ることも、すべては「日々どう生きているか」に表れるもの。益若さんが語るように、人は普段の生活態度を隠すことはできません。今、自分の「好き」がわからずに悩んでいる人は、一度「就活」という枠から離れて、自分の日常を見直してみてはいかがでしょうか。日々の生活の中に、思いがけないヒントが隠れているかもしれません。
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(企画:株式会社十三夜 / 編集:株式会社エクスライト / 取材・執筆:山田宗太朗 / 写真撮影:ただ)
