【東芝デバイス&ストレージが目指す脱炭素社会】パワー半導体「SiC MOSFET」が持つ可能性と半導体の進化に必要な人材とは
温室効果ガスの実質的な排出量をゼロにする「脱炭素社会」と、その実現に向けた取り組みに注目が集まっています。そこでキーとなるデバイスが「パワー半導体」。電化製品や産業用機器にとって重要な構成要素の一つです。
そのパワー半導体市場を長年けん引してきたのが、東芝デバイス&ストレージ株式会社。
一体なぜ、パワー半導体が脱炭素社会実現に有用なのか。半導体の開発や進化、発展を支えるために必要な人材とはなにかについて、東芝デバイス&ストレージ株式会社 パワーデバイス技師長 高下正勝氏にお話を伺いました。
取材・文=村中貴士 写真/畠中彩
パワー半導体が「脱炭素社会」実現のキーとなる理由
『世界の潮流は脱炭素、カーボンニュートラルです。その実現のためには、今まで以上に電力の効率を高めていかなければなりません。パワー半導体が脱炭素のキーデバイスと言われている理由は、そこにあります』(高下氏)
一般的な半導体は演算デバイスであり、数ボルト程度の低い電圧で信号を処理します。一方パワー半導体は、直流・交流の電力変換や周波数変換に使われ、数十ボルトから数キロボルトの高い電圧を扱うデバイスです。
パワー半導体による電力変換は、すでに多くの電気機器に使われています。中でも今後広く使われる製品といえば、電気自動車でしょう。モーターを駆動するインバーターやバッテリーを管理するシステムに使われており、環境対応車の普及や、自動運転の実用化で電子部品化が進むにつれて、パワー半導体の重要性はますます高くなります。
もう一つは、人間がやり取りする情報量の増加。情報量が増えれば増えるほど、その情報を蓄積するデータセンターが重要となることは間違いありません。その電源の高効率化にもパワー半導体が活躍します。
『情報化社会ではあらゆるものがIoTで繋がり、消費電力が急増します。それに対応するためには省電力化、電力効率アップが必須となるでしょう。
もし電力効率を高められれば、発電量を減らすことができ、結果として省エネや炭素の排出量低減にもつながります。利便性向上と脱炭素を両立するためのキーデバイス、それがパワー半導体なのです』(高下氏)
いまパワー半導体は約3兆円の市場規模があるといわれています。さらに2030年には約5兆円、2050年には10兆円を超える規模にまで拡大するという予測も。なぜそこまで需要が拡大するのでしょうか。
『需要が拡大する理由の一つは、電気自動車などの環境対応車のほか、鉄道、船舶、エネルギーの発電、送配電などの効率化、省エネ化。さらには、情報量が莫大になったとしても遅延なく送受信できる情報ネットワークとそれを支える電力ネットワークが必要だからです。例えば航空機の管制官や大規模工場、遠隔手術を想像してみてください。そこでは異常時でも途切れることなく安定した情報通信と、高品質な電源システムを確保することが求められます。パワー半導体はそれらのシステムを支えるものです』(高下氏)
発電した電力を消費地まで送配電するシステムにも、高電圧・大電力を扱うパワー半導体が使われています。「安心できる社会インフラを作るためにも、パワー半導体は大きく貢献できるはず」と高下氏は言います。
半導体開発への取り組みと「SiC MOSFET」
いま東芝デバイス&ストレージ株式会社が注力しているもののひとつは、パワー半導体「SiC MOSFET」です。半導体は一般的にシリコンが使われますが、「SiC MOSFET」は新材料であるSiC(シリコンカーバイド)を使用しています。
SiCは物性的に非常に優れた材料で、抵抗を従来の約10分の1に下げられます。電力変換には必ずロスが生じますが、SiCはロスが極めて小さくなるのです。しかもSiCは材料の特性により、高い電圧にも使えます。
一方MOSFETは、パワー半導体の中で最も扱いやすいデバイスです。しかし弱点もあります。高電圧で大きな電流を流すと、加速度的に抵抗が上がってしまうこと。
そこで、高電圧に適したSiCに、MOSFETの優れた性能を組み合わせたものが「SiC MOSFET」なのです。
『それだけ良いものであれば、すべてSiCにすればいいのでは? と思われるかもしれません。しかしSiCはウエハーの製造、および加工してデバイスに仕上げる技術の面に難があり、まだコストが高い状態です。
今後、製造技術が高まり、用途も増えていけばコストは下がります。弊社では、SiCの性能に対しては以前から期待をしていましたが、ようやく様々なアプリケーションで使われるようになってきました。2025~2030年にかけて、いよいよ普及期へと移行するでしょう』(高下氏)
「SiC MOSFET」は、今後どのような産業に影響を与えるのでしょうか。高下氏は、代表例として鉄道、太陽光発電、電気自動車、データセンターを挙げました。
『データセンターを例に考えてみましょう。「SiC MOSFET」には、電源の小型化と消費電力を下げるメリットがあります。小型化すれば、電源を入れるスペースを減らすことができ、そのぶんストレージを増やすことができるため、敷地面積あたりのデータセンター処理能力を高められます。
また、データセンターは熱を発生するため冷却装置が必要ですが、その設計も電源の高効率化で発熱を抑制し、冷却装置を簡素化できるため、消費電力や放熱用部材の削減等により環境負荷低減にも繋がる。そこが大きなメリットだと考えています』(高下氏)
パワー半導体のサイズが小さくなれば、空いたスペースに非常用の電源を置くこともできるでしょう。その結果、停電などのトラブル時にも安心して使えるようになります。
『パワー半導体の小型化は、さまざまな機器のシステムを変革でき、社会の利便性を高める可能性を秘めています。省スペースだけでなくメンテナンスも楽になるなど、総合的なメリットが産み出せるのです』(高下氏)
半導体の製造において最も重要なのは、高い技術力です。ほかにもパワー半導体事業を行っている企業がある中、東芝デバイス&ストレージ株式会社の優位性について高下氏は次のように語りました。
『我々は、これまで高品質が要求される自動車や鉄道市場に対してデバイスを開発・供給してきました。顧客からの高い要求に応えることで、さまざまなノウハウを蓄積することができている。そこが弊社の強みだと自負しています』(高下氏)
半導体事業を支える「モノづくり力」と発展のために必要な人材
「弊社にはベンチャースピリット、新しいことに挑戦する文化が根付いている」と話す高下氏。半導体事業を進化、発展させるために必要な人材について、次のように語りました。
『専門的な技術力を高めることは当然です。それに加えて視野を広げること、技術を横断して見ること、そのバランスが大事だと思います。高い意識を持ちながら機会をとらえ、挑戦に立ち向かう人が必要とされるでしょう。
さらに付け加えるなら、マーケット思考も重要です。顧客が何を求めているか、いま社会では何が課題になっているのか。先見性や想像力を持ちながら、具体的な業務に落とし込まなければなりません』(高下氏)
半導体と聞くと、研究職や開発者を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし製造には設備保全やマシンオペレーター、検査・検品などの人材も不可欠。高度なモノづくりの現場において求められるのは、どういう人材なのでしょうか。
『最近では、スマートファクトリーやAIによる自動化の話をよく聞きますよね。しかしモノづくりの現場で重要なのは、何が問題なのか、何をコントロールしなければならないのかを把握することです。
デジタル化は当然として、何をどう変えればさらに良くなるのか。既存の延長線上ではない発想で、変革を実行できる人材が求められます』(高下氏)
昨今では半導体不足が問題となっています。それを解消するためには、設備投資もさることながら、人手不足への対応手段も考えなければなりません。
『半導体の供給面に対しては、我々もしっかり設備投資をしていきます。ただ人材不足については、製造のオペレーターからメンテナンス、研究者まで幅広く確保しないと解決しないでしょう。今は人材が流動化する時代なので、さまざまな雇用形態を組み合わせながら組織を形成する必要があります』(高下氏)
流動化と聞くと、人が出たり入ったりする現場を想像します。しかし高下氏は「定着率を高めることと、教育システムを拡充することが必要だ」と続けます。
『スキル面と動機づけ、その両立が重要だと思います。我々が担っているのは、社会の課題を解決する、やりがいのある仕事です。そういう気持ちがあれば、おのずと「スキルを高めたい」という意識も高くなるでしょう。
スキルアップとモチベーションが好循環で回れば、人材が流動的であっても企業の文化や仕組みを維持できるのではないでしょうか』(高下氏)
半導体の進化がもたらす新しい世界
今後、半導体業界はどのように進化していくのでしょうか。高下氏は「電力変換における損失をゼロに近づける技術は、今後さらに発展していく」と言います。
『パワー半導体は、限界まで性能を引き出すための制御や材料の変更によって、さらに高効率となるでしょう。また小型化が進めば、あらゆる機器が小さく、軽くなります。その結果、電源供給や送電にも良い影響を与えるはずです。
具体的にいえば、ドローンに人が乗る、電気自動車が走行中に地面から充電する、宇宙に機器を置いて太陽のエネルギーを地球に伝送させる、など。また、今後は産業用ロボットや介護ロボットが普及し、人とロボットが共存する世界になるでしょう。
いま挙げたものには、すべて電気が必要です。パワー半導体の進化によって、まったく異なる世界が実現できるのです』(高下氏)
「パワー半導体の進化は、東芝グループが掲げている経営理念(人と、地球の、明日のために。)にも合致している」と語る高下氏。パワー半導体は、世界を大きく変えるキーデバイスなのです。
最後に改めて、半導体がより進化を遂げるために必要な「モノづくり力」と「人材」の関係性について高下氏に聞きました。
『設備や製造ラインの自動化と、必要な人材の配置、その2つをバランス良く実行する必要があります。現場では、ルールの中で動きつつも高い意識を持ち、決められた以上のことを提案できる人材が求められるでしょう。
流動化する社会の中で、うまく外部とのパートナーシップを結んでいく。同時に、働く人自身が充実感を持てる環境を準備する。組織と人材のより良い関係性を築いていくことが重要だと思います』(高下氏)
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