スペシャル対談【経営コンサルタント×社会保険労務士】製造業の未来のため人件費を固定費から変動費に
2020年、世界を、そして日本を襲った新型コロナウイルスによるパンデミック。緊急事態宣言や国民の自発的な行動自粛などの努力によって収束に向かったものの、5類移行後も経済への影響は少なくありません。
不況が到来すると話題になりやすいテーマが、「固定費の変動費化」です。固定費(なかでも人件費)を変動費にしていくことで、不況の波に対応できる柔軟な体制にする必要があるからです。
今後、製造業はどのような人事戦略をとるべきか。長年にわたり経営コンサルタントとして、特に人事戦略の面で活躍されてきた河合克彦氏と、社労士として多くの企業の人事労務を担当してきた中宮伸二郎氏を招き、対談形式で語っていただきました。
取材・文/嶺 竜一(有限会社ハートノーツ) 写真/藤井洋平
コロナ不況が長引く可能性に備えてとるべき経営対策
――主に人事に関するフィールドでご活躍されてきたお二人ですが、今回の新型コロナウイルスの影響についてはどのようにお考えでしょうか?最も打撃を受けているのはサービス業だと思いますが、製造業にも影響が出ていますでしょうか。
中宮伸二郎氏(以下、中宮):製造業といっても幅が広いので、新型コロナウイルスの影響を受けている会社もあると思いますが、巣ごもり需要で業績を伸ばしている会社もあり、製造業全体が落ち込んでいるとは必ずしも言えないでしょう。
――そうなんですね。もっとダメージを受けていると思っていました。
中宮:私が知っている自動車メーカーの下請け会社は、2020年の夏頃は少し受注を減らしていましたが、操業を止めたりリストラをするといったところまではいっていませんね。
河合克彦氏(以下、河合):私が経営コンサルタントとして関わっている会社も同じですね。今のところコロナショックで立ち直れないような大きな打撃を受けた会社はありません。ステイホームによって生活消費はむしろ増える傾向にありますし、巣ごもり需要もあって、紙箱のメーカーは、過去最高の売り上げを更新しました。
――紙箱というと、紙製のパッケージのことでしょうか? 確かにコロナ禍によりオンライン注文が増えたことで業績が上がった企業も多いと思います。
河合:それはレアケースかもしれませんが、現状はコロナの影響は限定的であり、一過性のものであると受け取っている会社が多いようです。
中宮:先行きが全く見えないというわけではなく、コロナが収束したらまた回復するだろうという希望がありますよね。
河合:日経平均株価がバブル崩壊後の高値を更新しているという状況は、まだそこまで人々の気持ちが落ち込んでいないという状況を表しているのではないでしょうか。リーマンショックの時のように経済全体が落ち込むような状況にはなってないように思います。
中宮:そうですよね。ただ気をつけなければいけないのは、消費が減少するのと雇用が悪化するのにはタイムラグがあるということです。
河合:その通りです。緊急事態宣言以後の数ヵ月の買い控えの影響があったことは確かですから、それがボディーブローのように効いてきて、これから失業率が上がる可能性はあると思います。
中宮:リーマンショックのケースでは、2008年9月にリーマン・ブラザーズが破綻して世界同時不況が始まりましたが、日本の失業率が5.5%という最も高い数値に上がったのはその10ヶ月後の2009年7月でした。それを考えれば、いまは予断を許さない状況とも考えられます。
河合:製造業のダメージが軽微だからといって安心してはいけませんね。情勢の変化によって突然経営が苦しくなることはよくあることです。
中宮:現状でまだ会社の経営がそれほど苦しくないのは、雇用調整助成金の拡充によって雇用が維持されているという面もあるでしょう。新型コロナウイルスに係る雇用調整助成金の特例措置が2020年の4月に始まり、9月、12月と延長を重ねて、現状では2021年の2月末が期限とされています(2020年12月10日現在)。この特例を利用して雇用を維持している会社は、特例措置が終了すれば雇用を維持するか縮小するかの判断に迫られる可能性があります。
※政府は2020年4月1日より雇用調整助成金の特例措置を設けました。助成要件が緩和され、助成率も大幅に拡充しました。
――新型コロナウイルスが収束するまでは問題解決には至らず、消費が低迷して、これから雇用が悪化する可能性があるということですね。ウィズコロナ時代の長期化に備えて、企業はどのように対策をしたらよいでしょうか。
河合:人件費の変動費化が一つのテーマになるでしょう。人件費の中の固定費の比率をある程度少なくして、変動費の割合を増やすということです。それによって損益分岐点を引き下げて、多少売り上げが落ちても利益が確保できる構造に変える必要があります。
中宮:雇用調整助成金は緊急の注射ですから、それをいつまでも打ち続けるわけにはいきません。自力で歩ける状態に戻さないといけません。その一つの方法が人件費の変動費化ですね。ただし、やみくもにリストラをすればいいのかといえばそうではありません。本当に正社員がやるべき仕事と、変動費化できる仕事を見極めて、整理する必要がありますね。
河合:人件費の変動費化というのは構造的な変革が必要です。単に正社員を減らしてパートや契約社員にするかという発想でやっても、おいそれとは実行できないと思います。2年、3年と、計画を立てて変動費化を進める必要がありますね。日本は労働基準法によって、正社員を解雇することは簡単にできませんし、正社員をパートに入れ替えれば仕事の質が落ちる可能性もあります。ですから、中期的な観点で進めるべきだと思います。
※固定費:売上高と関係なく、一定期間に発生する原価。製造業の場合、労務費、減価償却費、賃借料などその他経費が該当。
※変動費:売上高と比例して増減する原価。製造業の場合、材料費、外注費などが該当。労務費の中でも賞与は変動費に該当する。
※損益分岐点:費用の調整ができる変動費の割合を増やしておけば、売り上げが落ちても営業損失にならないように調整することが容易になる。
人件費の固定費と変動費比率の考え方
――どの程度の社員比率にするのが良いのでしょうか。
河合:もちろんそれは会社によって変わってきます。従来のオーソドックスなやり方として、人件費の変動費化は正社員の残業によって行ってきました。繁忙期と閑散期があれば、閑散期に正社員がフル稼働して定時で回せるぐらいの正社員の数にしておく。そしてそれ以上の仕事が来る繁忙期には正社員がみんなで残業をして業務をなんとか回すというやり方です。
中宮:それは日本の最も伝統的な変動費化の手法ですよね。ミニマムの正社員を雇用して残業代とボーナスでやりくりするわけです。労働法上、正社員の余剰が生まれた時に簡単には解雇できませんから、人を増やさずに労働時間を増やすことで維持する。過去はそれで成り立ってきた。しかし、そのことによって長時間労働が発生してきたわけで、現在はそれが許されなくなっています。
――長時間労働に対して法律が厳しくなっている現状があります。
河合:まず、残業した場合の割増賃金率が上がっていますし、残業時間に対する法規制も厳しくなりました。
中宮:これまでも月間の残業時間が45時間までというガイドラインはありましたが、それを超えても企業に対する罰則規定はありませんでした。しかし2019年4月に、原則として月45時間、年360時間が残業時間の上限であると労働基準法で定められ、それに違反した企業には罰則が科されることとなったのです。
河合:これまでのように残業時間で変動費化をするという方法が通用しなくなったといえます。ではどうすればいいのか。正直、少なくとも生産工程の部分で、繁忙期に合わせた数の正社員を雇用するというのは現実的ではないでしょう。閑散期に生まれる労働力の余剰が経営を圧迫してしまいますから。 固定費を繁忙期に合わせるのは経営にとってリスクとなるのですね。
河合:ですから、正社員以外の人材の力で繁忙期を乗り越えられる体制を作る重要性が増したと考える方が良いのではないでしょうか。
――繁忙期はパートを増やして乗り越えるということでしょうか。
中宮:パートも一つの選択肢ですが、人材不足が慢性化している現状では直接雇用するのが非常に難しいですね。求人媒体への出稿コストやエージェントへの費用ばかりがかかってなかなか人が集まらないというのが現実なのです。
河合:それに現在は、同一労働同一賃金が原則ですから、待遇格差をつけられないわけです。正社員とほぼ同じ仕事をしてもらっているのに、安い時間給のパートさんに任せるわけにはいかないので、高待遇にするか、あるいは単純な仕事を任せるしかありません。
その場合、単純な仕事は繁忙期にお願いしたくなるもので、閑散期には余剰な労働力になってしまいます。非正規社員を直接雇用すること自体がリスクになっているとも言えるでしょう。
――パートだからと無計画に増やすと、後々経営が苦しくなるのですね。
河合:ですから、より現実的なのは、業務をアウトソーシングするか、派遣会社から人員を派遣してもらうことです。 中宮:派遣社員であっても同一労働同一賃金の原則は同じです。ですから派遣にすることでコストを下げるという感覚は間違いです。
ただし、派遣は直接雇用ではないため、契約期限が設けられることによって人件費の変動費化は可能になります。また、広告費ばかりかかって人が集まらないという問題も回避できます。
固定費の変動費化は将来のビジョンとともに取り組むべき課題
――正社員に比べて技術や生産性が下がるという問題はないのでしょうか。
河合:非常に重要なポイントです。高度な技術を必要とする業務は人によって品質や生産性に差が出てしまうという問題があります。ですから、中期的な計画を立てて生産の構造を変えていく必要があるのです。仕事を細分化して整理し、熟練が必要な業務とそうでない業務に切り分けます。そして、高度な業務は正社員が行い、人によって差が出ない業務や、補助的な業務を非正規社員が分担するようにするのです。
中宮:生産の前段階である製品設計や、生産管理のレベルを上げて、属人化しない生産システムに変えていくのも重要でしょうね。以前はある程度設計が緩くても、現場でなんとかしてくれる熟練工がいて、良いものを作れていたという日本の製造業の伝統のようなものがあった。
――製造業は属人的な部分が大きかったですね。
中宮:それを、高度な技術を持った正社員がきちんと設計をして、生産は誰がやっても変わらない品質のものができるように、変えていかなくてはいけませんね。そうすれば仕事そのものをアウトソーシングしやすくもなります。オートメーション化もしやすくなるでしょう。
河合:業務を限定し、その仕事に対して条件を設定して、雇用を行うことをジョブ型採用といい、アメリカでは一般的な雇用の方法です。職務記述書というものがあり、それ以外の仕事は原則としてしません。そして職務ごとに給料(職務給)が違うわけです。
――日本の雇用はメンバーシップ型と呼ばれて、ジョブローテーションで総合的な職務スキルを身に付けさせようとしますね。
河合:日本でも少しずつジョブ型採用を導入する企業が増えています。ジョブ型化することによって業務を整理し、簡単な業務に関しては派遣社員にお願いしたり外部委託したりするのが良いでしょうね。
いっぽうで、正社員に対しては、ジョブローテーションを行いながら様々な技術を身につけさせて、なんでもできる人材を育てるメンバーシップ制の働き方をしてもらうといいのではないでしょうか。
※ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用:仕事内容で人員を募集し、職務を明確にするタイプの雇用をジョブ型といい、アメリカや欧州で主流となっている。対して日本の雇用タイプはメンバーシップ型と呼ばれ、職務を限定せずに人重視で雇用してから、多様な職務を経験させて管理職を目指すように育成する。
――どういった目標を立てて進めれば良いのでしょうか。
河合:まず青写真を立てる必要があるでしょう。まずは現状の社内の業務と人員の割り当てなどを分析することです。現状は正社員の比率が何%であり、誰が何をやっているのかをしっかりと認識しながら、あるべき姿を描くことです。
この現場は正社員の比率を下げて派遣を何%に増やすとか、パートを増やす、契約社員を増やす、業務委託するといった形ですね。それを何年かかけて計画的に実行に移していくということです。 高齢者の活用と絡めて進めていくことも有効でしょうね。
現在は企業に対して、65歳まではなんらかの形で会社が雇用してくださいという継続雇用義務がありますが、来年の4月からはこれが努力義務として70歳まで引き上げられます。
――高齢者の活躍がさらに求められているのですね。
中宮:そうです。ただし、これは直接雇用ではなくてもいいということなので、社員として働いてくれていた人が65歳になった後に、企業と派遣会社の間の再雇用に関する契約に基づいて、派遣会社が派遣社員として雇用する形に切り替える方法が取れます。
他にも請負会社に移籍してもらってアウトソーシングで業務受託してもらったりすることも考えられるでしょう。若い人は人材不足ですから、ある程度技術と知識のあるOBにお願いするというのは現実的な方法です。
河合:働き方の多様化が進んでいますから、週に2、3回、働きたいという人を組み合わせて回していくこともあり得るでしょう。子育て中だったり、介護があったり、高齢だったり、いろんな事情がある人がいますから。同一労働同一賃金の原則を遵守しながら、柔軟に多様性を受け入れていけばいいのではないでしょうか。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
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