【保全マン・特別対談】故障をゼロにする「攻めの設備保全」が、現場をドラスティックに変える
生産ロボットや機械設備の大きな故障を未然に防ぎ、稼働率を上げるための業務である「設備保全」。シビアなグローバル競争にさらされる製造業にとって、ますます重要視されるようになりました。究極は、小さな故障すらゼロにすること。それを実現するためのキーワードが「攻めの設備保全」です。
攻めの設備保全とは何か。実践するためには何が必要なのか。それを知るためにご登場いただいたのが、設備保全の「コンサルティング」「スタッフ研修」それぞれのプロフェッショナルとしてご活躍されている、日産自動車株式会社の野水靖二氏と、製造業への人材派遣や業務請負を手がける日研トータルソーシング株式会社の松岡憲二氏。
日研トータルソーシングのスタッフ研修施設である横浜テクノセンターを見学した後、対談形式で語り合っていただきました。
取材・文/杉山直隆(オフィス解体新書) 写真/長野竜成
目次
故障を直すだけでなく「ゼロにする」のが設備保全
—お二人は「設備保全」の分野でご活躍されてきましたが、改めてどのようなお仕事をされてきたか、簡単に教えていただけますか。
野水靖二氏(以下、野水):日産自動車で37年間にわたって、工場の設備保全にかかわってきました。イギリス工場で技術指導をしていたこともあります。現在は長年培ったノウハウを生かして、設備保全のコンサルティング業務を行っています。日産自動車では自動設備の保全に従事していたことから、自動設備をお持ちの企業様を指導することが多いですね。
松岡憲二(以下、松岡):私はもともとは九州日本電気で、半導体設備の設備保全を26年間にわたって手がけていました。06年に、日研トータルソーシング(当時、日研総業)に転職した後は、前職での経験を生かして、企業に派遣されるスタッフ向けの設備保全研修プログラムを開発しました。現在もより効果的な教育ができるよう、研修プログラムをブラッシュアップしています。
—まさに「設備保全のスペシャリスト」として活躍してきたお二人は、「設備保全」をどのように捉えているのでしょうか?
野水:設備保全というと、故障した設備を直す「修理屋」のイメージがあるかもしれません。 確かに間違いではありませんが、それは一つの顔に過ぎません。設備保全マンに課せられた使命は、故障しない設備を作ることで、工場の稼働率や生産性を向上させること。 そこに貢献して初めて会社に寄与できたといえる、と考えています。
松岡:究極的には、「故障をゼロにすること」が、設備保全の役目だと考えています。工場の設備は大規模な故障だけでなく、「チョコ停」と呼ばれる、数分程度の故障がよく起きます。 現場にとっては、生産ラインが数分止まるだけでも大問題。それを直す処置を繰り返し実施しているようでは、生産性は絶対に上がりません。また、チョコ停が積み重なることで大きな故障につながるケースもあります。
野水:実は、一番厄介なのはチョコ停ですよね。大きな故障が起きたときは原因を見つけるのは比較的簡単ですが、チョコ停はいくつかの原因が重なって起きるので、完全にゼロにすることは難しい。しかし、設備保全マンは、これを未然に防がなければなりません。 松岡:故障をゼロにするためには、何が必要か。私は「攻めの設備保全」が欠かせないと考えています。
予防&改良の「攻めの設備保全」とは?
—「攻めの設備保全」とは具体的にどのようなものでしょうか?
野水:設備保全には「事後保全」「予防保全」「改良保全」という3つの考え方があります。そのうち、「事後保全」は故障が起きてしまった設備を修理することを指します。事後に対応することであり、どちらかというと「守りの設備保全」ですね。それに対し、「予防保全」と「改良保全」を行うことが、「攻めの設備保全」です。
—予防保全とは、故障を予防する、ということでしょうか?
野水:そういうことです。定期的、計画的に保全や点検作業をすることで、部品の劣化や消耗といった、大きな故障を引き起こす兆候を見つけ出します。それを修復していけば、大きな故障によって、生産ラインをストップするような事態を防げます。
松岡:一つ故障が起きると、二次的な故障が起きることも少なくありません。そうなると、処置に膨大な時間を要します。このようなロスタイム・ロスコストを減らすためには、最初の故障を防ぐことは極めて重要です。設備の故障がなくなれば、品質異常も減り、品質向上にも貢献できます。保全計画を適切な頻度に設定すれば、保全スタッフの作業効率も上がり、残業の削減にもつながります。
—もう一つの「改良保全」とは、何でしょうか?
野水:実は、予防保全だけでは、故障は未然に防ぎきれません。予防保全の網をすり抜けてくる原因がけっこうあるのです。これを見つけ出すには、チョコ停や長時間停止がなぜ起きるのを細かく分析することが欠かせません。多くの場合は、「源流」の部分に原因があることが多い。その源流の部分に対策を講じるのが「改良保全」です。 「源流」とはどういう意味でしょうか?
野水:わかりやすい例でいえば、「設備の設計思想」です。とくにチョコ停は、設計思想に起因することが少なくありません。たとえば、生産用ロボット。隣で金属の切削を行う設備があると、小さな金属片が飛び散り、それがロボットのベアリングの部分に入り込んで、誤動作を起こすことがあります。こんな事態を防ぐためには、チリが入りにくい構造で設計することが必要ですが、そうしたことが考慮されていない場合があるのです。
松岡:環境対策ができていない機械はありますよね。定期的に整備すればある程度対処できますが、その整備する時間自体、非常にムダです。
野水:こういう原因を見つけて、機械メーカーに直してもらうのが、改良保全の一つです。また、設備そのものではなく、設備の設置の仕方や配線の仕方などに故障の原因があるケースも少なくありません。配線がグチャグチャだと復旧に時間がかかりますが、整然とさせておけば交換しやすくなり、短い時間で復旧できる。
これも改良保全といえるでしょう。理想をいえば、設備の仕様決定や設計の段階で、保全や製造現場の要望を聞いて、故障の原因を減らせば良いのですが、現実にはなかなかそうもいかない。その原因を後から見つけ出す作業が必要なのです。
松岡:だからこそ、故障ゼロを追い求めるには、発生源を見つけ出す「改良保全」は欠かせませんよね。故障の要因はいくつもあり、同じエラーでも原因は異なっている。その原因を検証し、究明して、どんな対策を打てばいいのかまでたどり着ければ、「攻めの設備保全」といえます。
野水:ただし、定期的に「予防保全」をしていないと、改良保全の原因究明はできません。私は「予防保全」が最も大切だと考えています。さらには、この「攻めの設備保全」を管理することも意識してほしい。これは、いかに故障の発生を減らすのかが目的ではありません。
部品寿命を長くするために、故障しそうな部分を把握して設計段階から手を打っておくことや、製品のバラツキが吸収できるよう、設備自体が設計されているのかを評価するなど、より「源流」へ踏み込んだ活動を指します。それが「攻めの保全管理」のイメージです。
「攻めの設備保全」をしている会社はほとんどない
—ちなみに、攻めの設備保全を実施している会社は多いのでしょうか?
野水:いえ、非常に少ないですね。ほとんどの会社は設備保全にあまり力を入れていません。現場のオペレーターに設備保全も任せていることが非常に多い。
松岡:確かに、設備保全マンがいるのかわからない組織は多いですね。
野水:しかし、オペレーターはどうしても生産中心になり、「保全の仕事はほっておいていいからモノを作れ」になりがちです。すると、ノーメンテナンス状態に。
松岡:私はスタッフ派遣や業務請負をお受けする際に、お客様の工場設備を見学させていただくのですが、ノーメンテナンス状態はよく見ますね。整備の履歴を見ても途中で途切れていたりします。
野水:ノーメンテでも、機械はそれなりに動くので、皆、軽視しがちなのです。しかし、何もしていないと、だんだんチョコ停が増えてきて、慌て始める。
松岡:ついには、丸一日動かないといった事態が起きる……。そこで直せれば良いのですが、設備保全の技術がないと、直せないことも少なくありません。部品に原因があることがわかっても、最近は設備機械や部品自体が生産中止になるスピードが速いので、「この部品はもう作られていない」ことがよくあるのです。
—一流の保全マンは、その部品がなくても、違う部品で応用するようなことができるのですが、そういう人がいない。
野水:ありがちですね。すると、設備機械のメーカーを呼ぼう、となる。
松岡:そうなると、ダウンタイムをできるだけ短くするために、設備機械を交換しようとなりがちです。こうして自分たちで故障を直さずにいると、社内に保全の技術がなくなっていきます。そして、メーカー依存型になって、いつも設備のユニットごと交換している「チェンジャー」になってしまうのです。当然、外部コストもかかりますから、良いことは何もありません。
—「攻めの設備保全」どころか、「守りの設備保全」もできていない状況ですね……。
野水:設備保全をするためには、保全専門の部隊を作り、優秀な人員を育成することが不可欠です。最近はIoT化によって工場の設備が自動化・高度化しているので、設備保全の難易度が大きく上がっています。その設備をメンテするためには、要求される能力が細かく膨大になっています。オペレーターとの兼任ではとてもこなせません。
松岡:しかし、小さな会社では、設備保全の専門部隊を置けるだけの人材の余裕がありません。弊社に「設備保全のスタッフを派遣してほしい」「設備保全業務を請け負ってほしい」というオーダーが増えているのは、その現れだと思います。
「攻めの設備保全」の一丁目一番地は、設備保全ができる人材を育成すること
—「攻めの設備保全」を実施するためには、どこから始めるべきでしょうか。
野水:まずは、設備保全ができる人材を育てることから始めるべきです。点検や整備が自分たちでできて、故障の傾向も自分たちで判断できる。機械がどうすれば最適な状態なのかがわかる。そんな人材がいなければ、故障ゼロは絶対に達成できません。そのために、まず必要なのが、ベースとなる機械や電気に関する知識を習得することです。あとはOJTで経験をどんどん積んでいく。
松岡:予防保全や改良保全の前に、事後保全ができる能力が必要というわけですね。確かに、事後保全の知識がないと、予防保全も改良保全もできません。部品の名称を理解し、正しい診断方法を理解して、復元・交換ができる。その一連の流れをまずもって習得することが必要です。
—日研トータルソーシングでは、「事後保全」ができる人材をどのように育てているのでしょうか。
松岡:全国8カ所のテクノセンターで人材を育成しています。配属前に、35日間のスタンダード研修を実施し、共通研修、機械要素研修、電気基礎研修と3つの構成に区分して、現場で発生する故障を想定した研修を行っています。また、新たにスタッフ派遣や業務請負をする場合は、クライアントにマッチングシートを記入していただき、どのような知識が必要かを確認します。
スタンダード研修の内容以外に必要なことがあれば、その知識についても、オプションで研修します。できるだけお客様の現場に入って設備を見させていただきますし、お客様から実機を借りて研修を行うこともあります。
野水:機械と電気、両方の基本を学んでいるわけですね。
松岡:研修生、特に新卒で入ってきたメンバーには、「大学で勉強してきたかどうかはわからないけれども、設備関係の仕事に従事するというのは、今からが本当の勉強なんだ」と言っています。派遣後の教育訓練はこちらではできませんが、困ったときはテクノセンターの方に連絡してほしい、一緒に勉強していこう、と伝えています。
今回の対談場所となった日研トータルソーシング社のスタッフ研修施設・横浜テクノセンター。2階は電気基礎研修、3階は機械要素研修とフロアごとに研修設備が整っている。
写真手前の機械は実際に工場で使用されている生産ラインのミニチュア版。研修用に制作された特注品だ。
—本来は、各企業でもこのような保全教育が必要なのでしょうね。
野水:設備保全の人材を育てるためには、劣化の基準などを「標準化」することも欠かせません。すると、どういう状態なら機械が正常なのかが判別できるようになりますし、その標準に照らし合わせてチェックすれば、誰でも故障の兆候を見分けられるようになる。全体的な保全レベルがぐんと上がります。これは大手企業でも意外とできていません。
松岡:教育する立場としても、標準化は非常に大事だと思っています。私は「標準化なくして改善なし」という言葉が好きなのですが、それほど重要だと考えています。
野水:保全教育が必要なのは、現場のオペレーターだけではありません。マネージャー層も知識をつけるべきです。故障の原因を突き止めるには、物理、電気、科学など、多面的に追及していくことが重要であり、そのきっかけになるのが、現場を俯瞰的に見られるマネージャーからの現場への質問なのですが、その質問力を持っていないことが多いのです。
松岡:職位が上がれば上がるほど、現場に入らなくなるので、現場のことがわからなくなるんですよね。さらに新しい設備が入ると、ますますよくわからなくなる……。
野水:変化のスピードは速いですが、それにマネージャー層もついていく努力が必要ですね。
データを取るために、自らモニターを設置する
—こうして保全人材を育成したら、次に必要なことはなんでしょうか。
野水:基本中の基本は、現場をきれいに保つことです。TPM活動(Total Productive Maintenance 全社員で生産性を向上させる活動)でも重要とされているのは、5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)。設備を磨いておくと、損傷の状況もわかりやすくなります。しかし、現実にはきれいにしていない工場が実に多い。配線なんかグチャグチャです。
松岡:確かに、現場を見ていると、「この規模の会社でもそうなのか」と思うことはありますね。まずはきちんと掃除ができているかからチェックすると良いかもしれません。
野水:予防保全をするには、設備がどのように稼働しているのか、データを取ることも不可欠です。故障によって設備が停止した時間や不良品の発生する確率、設備の稼働速度など、さまざまなデータを取ることで、設備の状況が一目瞭然になります。日産自動車では設備の情報管理システムを導入していて、自動的にデータを取れるようにしています。
松岡:故障ゼロにするには、データを取ることが欠かせませんが、我々が請負契約をしている企業様は、情報管理システムが導入されていない会社が多いですね。そこで、弊社では、こちらで費用を負担して、データを取るための設備モニターをお客様の工場に設置させてもらっています。そのデータを分析して、異常が出た部分を処置しています。
野水:それはすごい。設置するコストや手間もかかりますし、取ったデータが正確かどうかの確認もしないといけない。データを一つひとつ調べるのは、砂の中に落ちた小さなものを見つけるようなもので、うんざりしますからね。
松岡:おっしゃるとおり、大変ですね(笑)。しかし、そこまでしてでも、データは取る意味があります。人力でチェックするだけだと、トラブルを見落とすことがありますからね。それに、データがあれば、「こんなに止まっていますから、こんな手を打ちましょう」とクライアントにより具体的な提案ができます。
さらに故障が減れば、弊社のスタッフの作業効率も向上する、と良いことづくめです。現在は、データ収集によって故障が減る実績を増やして、さまざまなクライアントに展開していきたいと考えています。
設備保全の仕事は面白い!
—今回の対談をお聞きして、設備保全の仕事は工場を支える上で極めて重要だと、改めて感じました。
野水:優秀な設備保全マンがいるかどうかで、工場の生産性はまったく違ってきます。優秀な人は本当に優秀です。以前、私が出会ったある保全マンは、鉄板を掴んで溶接するロボットがトラブルを起こした様子をひとめ見て、「鉄板を掴む位置が適切ではない」と看破しました。
調べてみたら、その掴み方ではたわみやすいので、溶接の信頼性が不安定だったんです。案の定、試運転で故障が散発しました。最終的には、やはり掴む位置を変更させた、という事例がありましたね。
松岡:すごい観察力ですね。
野水:本当に感心しましたね。工場長も、「あれ、おかしいと思うんだが、どう思う?」と彼にいろいろ質問している。そこまで一目置かれているのです。 設備保全を突き詰めていくと、単に設備を直すだけでなく、品質確保の領域にまで踏み込んでいくことになります。
私自身も、「設備のここが悪いから、こういう品質になるのでは?」と品質の観点から設備保全をしていました。そこまでいくと、設備保全の仕事がすごく楽しくなります。
松岡:設備保全の仕事は本当に奥が深いですよね。私は半導体の業界出身なのですが、半導体の加工は生産プロセスや設備技術が複雑で、高電圧や高周波、ガスなどさまざまな危険要素があります。それらを理解していないと、保全活動ができないので、できるようになるまでにかなり時間がかかるんです。
しかし、さまざまな知識を身につけて、保全ができるようになると、とても仕事が面白くなりましたね。設備保全の人は、生産プロセスと設備技術、両方の領域をまたいで知っていることから、設備保全の担当者がプロジェクトリーダーになることもありました。突き詰めていくと、非常に魅力がある仕事だと思います。 これからも設備保全マンを育てて、一人でも多くその魅力を知ってもらいたいです。
本日はありがとうございました。
日研トータルソーシングでは、製造業の設備保全サービスにおける人材活用を、トータルでサポートしています。充実した教育カリキュラムの導入によって、高い専門スキルを持った人材育成にも力を入れており、保全研修の外販実績も豊富にございます。
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